2018年07月03日

195回 2018年7月のメッセージ「目に入れても痛くない」伝道師 後藤献四郎. 音声で聴く。

「目に入れても痛くない」              伝道師 後藤献四郎.                


先月、私に第一子(男の子)が誕生しました。予定日より早く生まれましたが、私も出産の現場に立ち会うことができました。ついに“父”となりましたが、父になって初めて感じる事、経験することが沢山あります。


早速、毎晩夜泣きに悩まされています。妻と交代であやしますが、なかなか寝てくれません。忙しくなり、部屋も片付けられません。お金もかかりますし、大変疲れます。しかし、です。我が子の寝顔を見ると、とても癒されます。「守ってあげたい」という思いになるのです。


ところで、あなたをそのように見ている方がいる、と言ったら驚きますか。聖書によれば、私たちは偶然存在しているのではありません。神によってデザインされ、造られたのです。親が子どもを見守るように、神はあなたを心に留め、見ておられます。イエス・キリストは、この神を“父”と呼ばれました。神とは、得体の知れない、遠い存在ではありません。人格を持たれ、あなたに深い関心を持っておられるのです。私たちは、祈りを通して神と会話することができます。造り主である神を「お父ちゃん」と呼ぶことができるのです。


父というと、自分の父親を連想する人がいます。私の場合、父親が短気で、近づき難い存在だったので、神もそのような方かと長い間思っていました。しかし、聖書を通して、天の父は決してそのような方ではない。愛情深いというよりも、愛そのものであり、恵みと憐れみに満ちている方だと知って安心したのです。


現代では、多くの子どもたちが、親に愛されたい、認められたい、と必死になっています。しかし、私たちは、天の父に愛されるために努力する必要は全くありません。私の息子は、私に愛されるために良い行いに励む必要は全然ありません。ただ、呼吸をしているだけでもかわいいのです。また、それで十分なのです。聖書に、こんな言葉があります。


「女が自分の乳飲み子を忘れようか。自分の胎の子を憐れまないだろうか。たとい、女たちが忘れても、このわたしはあなたを忘れない(イザヤ49:15)。」母親が我が子を忘れることなど決してありません。仮に、そのようなことがあったとしても、神だけはあなたを絶対に忘れないと言われるのです。そのような方がおられるということ、そしてあなたはこの方によって愛されていることを知って頂きたいのです。あなたに、神の祝福がありますように。

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2018年06月08日

194回 2018年6月のメッセージ「おかしくはないか?」音声で聴く。

「おかしくないか?」


ハロルドフィケット博士の著書に「おかしくないか」という一文があります。

「おかしくないか。他の人がある事をするのに、長い時間をかけていると、アイツはのろいと言い、自分がしないと忙しいからと言う。他の人が言わない事を勝手にすると、出しゃばりと言い、自分が言わない事を勝手にすると、積極的だと言う。他の人がエチケットを破ると乱暴だと言い、自分の場合は個性的だと言う。他の人が上役に気に入るようなことをすると、ごますりと言い、自分の場合は協力的だと言う。他の人が昇進すると、アイツは運が良かったと言い、自分の場合は努力が報われたと言う。おかしいのではないか?」

一寸笑ってしまう話ですが、本当に自己中心的な考えが私たちに住み着いているのではないでしょうか。

算数の計算では100−1=99ですね。でも人の心の計算ではそうなりません。たとえば、ある人から100の親切を受けてきても、その人から一つの悪を受けてしまうと「あの人の本性がわかった。もうあの人とはお付き合いしない!」なんて事になりかねません。つまり100−1=0という1が巨大化した変な計算式が成り立ってしまうわけです。

しかもこれは自分が悪を受けた場合にそうであって、逆に自分が悪をした場合はまた本来の計算を要求するわけです。「あの人には何遍も良いことをしてあげたのに、たった一回の失敗を許さないなんて、あの人も心が狭い」となってしまうのではないでしょうか。


聖書は「さばいてはいけません。さばかれないためです。あなたがたがさばくとおりに、あなたがたもさばかれ、あなたがたが量るとおりに、あなたがたも量られるからです」(マタイ7章1,2節)


しかしそんな自己中心的な計算をしやすい私達ですが、愛と真実の神さまは何と私達に恵みに満ちた計算をしてくださることでしょうか。人生で何度もおかしている罪深い心の思いと行いに対して、神の御子キリストを自分の罪からの救い主とただ信じ受け入れるだけで、その罪を帳消しにし、数々の恵みを満たしてくださるとは…ただ驚くばかりです。


あなたもこのキリストを心にお迎えになりませんか。

牧師 中 西 正 夫

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2018年05月07日

193回 2018年5月のメッセージ「人を変える前に」音声で聴く。

「人を変える前に」


今日、人間関係はストレスの大きな原因になっています。ゴールデンウィーク明けに、心身が疲れる症状を五月病と呼ぶそうですが、その背景には、人間関係に起因する問題も含まれているようです。


多くの場合、人がストレスを感じるのは「相手が自分の期待通りに行動してくれない」と感じるからです。例えば、教師であれば「生徒が勉強してくれない。私がこれだけこの子のことを助けようとしているのに」等と感じる訳です。そこで、無理にでも勉強をさせようとするのですが、それでは生徒がますます勉強嫌いになってしまいます。熱を入れれば入れるほど、勉強の印象を悪くしてしまい、これでは逆効果です。


ある本に、こんな事が書いてありました。ノーベル物理学賞を受賞された、小柴昌俊教授の興味深い言葉です。「数学が好きだから、数学を教えてくれる先生を好きになるということじゃない。数学の先生に魅力があるから数学という教科に興味を持つんです。それが小・中学生です。いや、高校生だってそうです。」


「なるほど!」と思わされました。子どもたちのために、大人ができる最初のステップは、教え方を変えることではないのです。むしろ、「自分が子どもにとって魅力ある大人になる」ことです。子どもと良い関係を築き、子どもに好かれるように自分磨きをすること。これが、遠回りのようで、実は最も近道なのです。


この事について、聖書は既に2,000年前から語っています。キリストは、こう言われました。

「なぜ、あなたは兄弟の目の中の塵に目をつけるが、自分の目の中の梁には気がつかないのですか。…まず、自分の目から梁を取りのけなさい。そうすれば、はっきり見えて、兄弟の目からも、塵を除くことができます。(マタイ73,5節)」


人の欠点に気付きやすいのが私たちですが、自分を注意深く見つめてみると、自分にも変えられなければならないところが沢山あります。ある人はこう言いました。「自分が変われば、世界は変わる。」その通りです。何か相手に言いたいことが出てきたら、まずは自分を振り返ってみる。そして自分を直す。これが結局、自分にも良い結果をもたらしてくれるのです。


伝道師 後藤献四郎


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