2017年07月05日

第183回 2017年7月のメッセージ「見つかるまで捜す人は」

しばらく前のことですが、妻が鍵を失くして職場から帰宅しまし。自宅の鍵だけでなく、他の大事な鍵も幾つか失くしたため、私も一緒に探しに出かけました。歩いた道を隅々まで調べ、駅のプラットフォームや階段を探しましたが、見つかりません。すると、また問題が起こりました。今度は職場に戻る途中で、電車の回数券まで失くしてしまいました。探しに出かけたことによって、落とし物がさらに増えてしまったのです。


しかし、私たちは探すのを諦めませんでした。幸い、苦労した甲斐もあり、鍵は職場で無事見つかりました。あとは回数券です。一度失うと、もう一度、支払いをしなければならないため、必死に探しました。感謝なことに、誰かが駅員に届けてくれたことが分かり、後日、終点の駅に取りに行くことになりました。本当に焦りましたが、2つとも帰ってきたのです。


聖書に「求めなさい。そうすれば、与えられます。捜しなさい。そうすれば、見つかります。叩きなさい。そうすれば、開かれます」という有名な言葉があります(マタイ77節)

「誰であれ、求める者は受け、捜す者は見つけ出し、叩く者には開かれ()というのです。

これはキリストの言葉ですが、あなたも、一度は聞かれたことがあるのではないでしょうか私もこの言葉に励まされ、求め続けた結果、実際に与えられたという経験何度あります。


こういう話をすると、「本当にそうかな」と言われる方もおられるかと思います。確かに、現実には、簡単には手に入らないものというのもあると思います。しかし、聖書は言います。

「求め続けなさい。捜し続けなさい。叩き続けなさい。」どうしても、手に入れたいなら、熱心に継続して、求めていく必要があるというのです。多くの場合、私たちは何かを手に入れる前に諦めてしまうことがあるのではないでしょうか。


神様は良いお方です。私たちに良い物を拒まれることはありません。私たちに必要なものであれば、それは必ず与えられます。あなたの上に、神様の祝福が豊かにありますように!



伝道師 後藤献四郎

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2017年06月02日

第182回2017年6月のメッセージ「へその緒とベビーシューズ」

音声で聞く


「へその緒とベビーシューズ」

17年6月メッセージ)


以前、私達の教会に米国から短期英会話宣教師をお迎えしたことがありました。4人の子供さんをりっぱに育て上げたお母さんでしたが、ある時、婦人会で「自分の子供の小さかったときの記念に何を持っていますか」ということが話題になりました。日本のお母さん達は桐の箱に入っている「へその緒」と口々に答えました。アメリカでは?と尋ねられたその宣教師は「ベビーシューズ」と答えました。親と子の絆を結ぶ「へその緒」と、親からの独立の第一歩を表す「ベビーシューズ」…随分考え方が違うものだと驚かされたものです。

親と子の絆を大切にするというのはとても素晴らしいことですが、その日本で昨今「へその緒」に象徴される親と子の絆が破壊されるような事件が頻繁に起こっています。

「命の重さ」が問われているのです。聖書によれば、命の作者は親ではなく万物の創造者である神なのです。聖書にこうあります。

「私たちは神の作品であって、良い行いをするためにキリスト・イエスにあって造られたのです。神は私たちが良い行いに歩むように、その良い行いをもあらかじめ備えられたのです」(エペソ2:10)

あなたは「神の作品」なのです。しかも造られた目的があります。それは「良い行い」をするためです。あなたはユニークな世界でただひとりの存在として神によって造られ、「良い行い」を果たす使命を与えられた存在なのです。しかもそれは「あらかじめ備えられている行い」なのです。あなたでなければ果たし得ないその行いを知るために聖書をお知りになりませんか。ぜひ教会にお出かけください。祝福があなたにありますように。                          牧師 中 西 正 夫

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2017年05月02日

第181回2017年5月のメッセージ「愛されるより、愛すること」


              「愛されるより、愛すること」


昨年から、田中角栄氏がブームになっています。日本が生んだ天才、リーダーシップの神とまで呼ばれています。私は角栄氏が現役の時代を知らないため、書店で本を購入し、読んでみました。様々なことを教えられ、感銘を受けましたが、私の心を特に打ったのは、「弱い人の立場に立って、その人のしてほしいことをする」という内容の部分でした。


首相まで経験した人物ですが、悲しむ人にはそっと寄り添い、葬儀には真っ先に駆けつける人柄が、人々に愛された理由というのです。普通の弔問客がするだけの事で終わらず、そこからさらに踏み込んで立ち回り、遺族を具体的に助けていく。これが人々の心を掴みました。

後に失脚し、首相の座を退きましたが、大変人情の厚い人物として、今も尊敬されています。


ところで私は、角栄氏の本を読みながら、“ある人”について思い出さずにはいられませんでした。その方とは、イエス・キリストです。聖書によれば、イエス様は聖人の1人や特定の分野における神のような存在ではなく、人類の救い主であり、神の子そのものです。


イエス様は12弟子の足を洗われ、孤独な者の友となられ、友人の死に涙を流されました。

蔑まれた人々と一緒に食事をし、彼らを擁護し、彼らと過ごす時間を惜しまれませんでした。病人や障害を持つ人々に心を砕かれ、伝染病を持つ人々にも、直接触れて病を癒されました。


パウロはこう語っています。「神は罪を知らない方を、私たちの代わりに罪とされました。それは、私たちが、この方にあって、神の義となるためです(Uコリント521節)。」

イエス様は罪を犯したことがないにも関わらず、十字架にかかられ、私たちの代わりに罪の裁きを受けて下さいました。それは、この方を信じる人が罪の裁きを免れ、永遠のいのちを得るためであるということなのです。


イエス様は、愛を語られただけでなく、文字通り命を捨てられ、愛を示して下さいました。

例え、あなたがこの方に対して関心がないとしても、「私とは関係ない」と退けたとしても、イエス様のあなたに対する愛は、決して変わることがありません。


あなたは、神の子が命を捨てられるほど価値のある存在なのです。これまで2,000年の間、数えきれない人々がキリストを通して、生きる力を見出し、人生を持ち直し、癒しと回復を体験してこられました。あなたにも、この方の真実の愛をぜひ知って頂きたいと思います。


伝道師 後藤献四郎

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