2018年05月07日

193回 2018年5月のメッセージ「人を変える前に」音声で聴く。

「人を変える前に」


今日、人間関係はストレスの大きな原因になっています。ゴールデンウィーク明けに、心身が疲れる症状を五月病と呼ぶそうですが、その背景には、人間関係に起因する問題も含まれているようです。


多くの場合、人がストレスを感じるのは「相手が自分の期待通りに行動してくれない」と感じるからです。例えば、教師であれば「生徒が勉強してくれない。私がこれだけこの子のことを助けようとしているのに」等と感じる訳です。そこで、無理にでも勉強をさせようとするのですが、それでは生徒がますます勉強嫌いになってしまいます。熱を入れれば入れるほど、勉強の印象を悪くしてしまい、これでは逆効果です。


ある本に、こんな事が書いてありました。ノーベル物理学賞を受賞された、小柴昌俊教授の興味深い言葉です。「数学が好きだから、数学を教えてくれる先生を好きになるということじゃない。数学の先生に魅力があるから数学という教科に興味を持つんです。それが小・中学生です。いや、高校生だってそうです。」


「なるほど!」と思わされました。子どもたちのために、大人ができる最初のステップは、教え方を変えることではないのです。むしろ、「自分が子どもにとって魅力ある大人になる」ことです。子どもと良い関係を築き、子どもに好かれるように自分磨きをすること。これが、遠回りのようで、実は最も近道なのです。


この事について、聖書は既に2,000年前から語っています。キリストは、こう言われました。

「なぜ、あなたは兄弟の目の中の塵に目をつけるが、自分の目の中の梁には気がつかないのですか。…まず、自分の目から梁を取りのけなさい。そうすれば、はっきり見えて、兄弟の目からも、塵を除くことができます。(マタイ73,5節)」


人の欠点に気付きやすいのが私たちですが、自分を注意深く見つめてみると、自分にも変えられなければならないところが沢山あります。ある人はこう言いました。「自分が変われば、世界は変わる。」その通りです。何か相手に言いたいことが出てきたら、まずは自分を振り返ってみる。そして自分を直す。これが結局、自分にも良い結果をもたらしてくれるのです。


伝道師 後藤献四郎


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2018年04月04日

192回 2018年4月のメッセージ「日々新たに」音声で聴く。

もし今「若返りの秘薬」なるものが発明されれば、きっとノーベル賞まちがいなしでしょう。それほど高齢化社会が進む中で、「若さ」は人が渇望するものです。でも若さとは何でしょう?聖書を見るとその答えを見出します。    

「ですから、私たちは勇気を失いません。たとい、私たちの外なる人(体)は衰えても、内なる人は日々新たにされています」(Uコリント4:16)

若さのある人とは、「日々、心が新たにされている人」ということができるでしょう。


私の教会にSさんという老婦人がおられました。Sさんは5人の子供さんを彼女ひとりで立派に社会人として送り出し、親としての大変な仕事を果たされたというのに、今度は、ご近所の方々を招き、神様の愛を伝えたいと家庭集会を開かれました。Sさんの明るい人柄で多くの方が来られていましたが、楽しみは集会の後の「おにぎり」のもてなし。その味の良さは格別でした。そんなSさんでしたが、ある日、脳梗塞が彼女を襲いました。3カ月の入院で言語障害と右半身不随というハンディが残りました。もう76才でしたから、教会生活もここまでかと思いきや、懸命にリハビリに励み、乳母車を自分で押して3,40分をかけて礼拝に誰よりも早く来るという頑張り様でした礼拝で何よりも聖書のメッセージを聞くのを喜びとしながら輝く顔が印象的でした。皆そのファイトには恐れ入りました。それだけではなく、今度は老人会に入って「杖」を持っている人への伝道が「私の使命」とばかりに励まれました。障害に負ける人も多くいる中で、Sさんのチャレンジは時に感動的でした。そのSさんも84才で地上の生涯を見事に果たされて天に帰られました「帰り」間際に私に言われました。「先生、私ももうお召の日も近いと思います。今までお世話になりました、先に行っています。先生もあとから来てくださいよ」と

牧師 中 西 正 夫

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2018年03月01日

191回2018年3月のメッセージ「誰の視点で見ていますか?」音声で聴く。

誰の視点で見ていますか?


先日、私は子育ての本を読ました。塾講師が書いた本ですこの方は子育てに悩む多くの保護者に、子育てのヒントを提供しています。その中で、興味深い体験を紹介していました。

だいたい、こんなお話です。


ある日、勉強の苦手な男子生徒定期テストの結果を持ってきました。案の定、あまり良くありません。30点台でした。それを見た自分彼に次は頑張ろうと励ましました。しかし、その生徒は全然がっかりしていませんでした。彼はその点数に十分満足しており、今回は自分もよく頑張ったと自慢気だったのです


その時、気づきました自分は勝手に自分の尺度でこの子を見ていた。自分の尺度でできるできないを判断していたと。しかし、それは間違いでした。というのは、彼は自分で自分の尺度を持っているからです。自分の尺度でできるできないを判断しているのです。講師も生徒を判断するなら、生徒の尺度で見、判断しなければなりません


そして、こう結論づけています子どもの尺度見るならば、全ての子どもはできる存在です。できる存在として子どもと接した時、子どもは本当にできる存在になるのです」と。


この話を読んだ時、一つの聖書の言葉が思い浮かびました。キリストが語られた言葉です。「何事でも、自分にしてもらいたいことは、他の人にもそのようにしなさい。(マタイ7:12)」


私たちは多くの場合、自分の視点で他人を見ています。そして、自分の尺度で相手を測り、「もっと○○しなさい」とか、理屈で説得しようとするのです。けれども、そのやり方では上手くいきません。まずは、相手の視点に立ち、その人の尺度で判断することを学ぶ必要があります。私も、この事を深く教えられ、目が開かれる思いがしました。


私はまた、逆の立場考えてみました。確かに、自分が子どもだった時、人に自分の気持ちを理解され、「よく頑張ったね」と評価された時、「もっと頑張ろう」と素直に思えました。

上記のキリストの言葉は、人間関係を良好にする秘訣であり、黄金律(ゴールデンルール)と呼ばれています。ぜひお互いに実践していきたいものです。


あなたは誰の視点で人を見ていますか?



伝道師 後藤献四

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