2017年05月02日

第181回2017年5月のメッセージ「愛されるより、愛すること」


              「愛されるより、愛すること」


昨年から、田中角栄氏がブームになっています。日本が生んだ天才、リーダーシップの神とまで呼ばれています。私は角栄氏が現役の時代を知らないため、書店で本を購入し、読んでみました。様々なことを教えられ、感銘を受けましたが、私の心を特に打ったのは、「弱い人の立場に立って、その人のしてほしいことをする」という内容の部分でした。


首相まで経験した人物ですが、悲しむ人にはそっと寄り添い、葬儀には真っ先に駆けつける人柄が、人々に愛された理由というのです。普通の弔問客がするだけの事で終わらず、そこからさらに踏み込んで立ち回り、遺族を具体的に助けていく。これが人々の心を掴みました。

後に失脚し、首相の座を退きましたが、大変人情の厚い人物として、今も尊敬されています。


ところで私は、角栄氏の本を読みながら、“ある人”について思い出さずにはいられませんでした。その方とは、イエス・キリストです。聖書によれば、イエス様は聖人の1人や特定の分野における神のような存在ではなく、人類の救い主であり、神の子そのものです。


イエス様は12弟子の足を洗われ、孤独な者の友となられ、友人の死に涙を流されました。

蔑まれた人々と一緒に食事をし、彼らを擁護し、彼らと過ごす時間を惜しまれませんでした。病人や障害を持つ人々に心を砕かれ、伝染病を持つ人々にも、直接触れて病を癒されました。


パウロはこう語っています。「神は罪を知らない方を、私たちの代わりに罪とされました。それは、私たちが、この方にあって、神の義となるためです(Uコリント521節)。」

イエス様は罪を犯したことがないにも関わらず、十字架にかかられ、私たちの代わりに罪の裁きを受けて下さいました。それは、この方を信じる人が罪の裁きを免れ、永遠のいのちを得るためであるということなのです。


イエス様は、愛を語られただけでなく、文字通り命を捨てられ、愛を示して下さいました。

例え、あなたがこの方に対して関心がないとしても、「私とは関係ない」と退けたとしても、イエス様のあなたに対する愛は、決して変わることがありません。


あなたは、神の子が命を捨てられるほど価値のある存在なのです。これまで2,000年の間、数えきれない人々がキリストを通して、生きる力を見出し、人生を持ち直し、癒しと回復を体験してこられました。あなたにも、この方の真実の愛をぜひ知って頂きたいと思います。


伝道師 後藤献四郎

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2017年04月06日

第180回2017年4月のメッセージ「死を生に変えるもの」


死を生に変えるもの

’17/4月イースターメッセージ


人生で最大の不安と恐れは何と言っても死ぬという事だろうと思います。

「吾輩は猫である」という小説で有名な明治の文豪夏目漱石は48歳のとき娘さんを失っているのですが、日記にこう書いています。

「昨日は通夜、今日は葬式、するとすれば明日骨上げ…多忙である。しかし全ての努力をしたのちで考えると全てが無益の努力である。死を生に変えるのでなければ全ては無益である。こんな遺恨な事はない」


名のある小説家という肩書ではなくひとりの父親としての心境がこちらにも切々と伝わってきて多くの人が共感する心境だと思うのです。死は全ての希望をなくさせるものです。しかしここに素晴らしい希望を語る一冊の本があります。聖書です。聖書を見るとこの「死を生に変えるもの」を見事に実現したイエス・キリストという方を語っています。キリストはこう語っておられます。

「わたしはよみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は死んでも生きるのです」(ヨハネ11:25

この言葉は単なる気休めの言葉ではありません。この言葉をキリストが語られたのはラザロという青年が病で死に、死後四日も経っている数日続いた葬儀の中での言葉なのです。そして実際キリストは、ラザロをよみがえらされたと聖書は淡々と描いています。もしその話が偽りならとっくの昔に当時葬儀に出席していた人たちから非難され抹殺されてしまっていたでしょう。この奇跡が本当であればこそ今日にも象徴ではなく事実として伝えられている訳です。


私は牧師としてこの40年の間多くの方の臨終に立ち会ってきましたが、死の時に永遠の命への希望を持っているかどうかは、実に大きな違いをもたらします。あなたも教会に行かれて「死に打ち勝たせるもの」を是非お知りくださり、平安な人生を得て頂きたいとお勧めいたします。

牧師 中西正夫

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2017年03月06日

第170回2017年3月のメッセージ「いつでも、どんな時にも」

3月がやってきました。この春、新たに進学、就職、新生活を始める人も多いと思います。

慣れた環境から離れ、新しい領域に踏み出していくことは、誰もが不安や心配を感じるものです。「やっていけるだろうか」と、早くも自信を失っている方もおられるかもしれません。


私もニュージーランドに語学留学をした時、正にそれを感じました。楽しい時間も多々ありましたが、思うようにコミュニケーションが取れず、悩むこともありました。日本人と違い、外国の方々は、こちらの気を察してくれることはほぼないため、口数も減っていきました。しかしそんな時、いつも励ましてくれる人がいました。ホームステイ先のホストマザーです。


彼女は私を家族の一員のように接してくれました。私がコミュニケーションに悩み、自信を失くした時、私の部屋に来て「あなたの英語はとてもいいよ。自信持ってね」と勇気づけてくれました。日本から郵便が届いた時は、自分のことのように喜んでくれました。やがて、帰国の日が近づくと、私の将来を祝福し、送り出してくれました。今も連絡をくれることがあり、再会できる日を楽しみにしてくれています。


ところで、人には限界があると思います。優しい人がどこでもいるとは限りませんし、仮にそういう人がいても、いつもあなたと一緒にいられる訳ではありません。


しかし、ここに朗報があります。聖書によれば、この世界には、あなたを造られた神がおられるのです。神はあなたの状況を全て知っておられ、求めさえすれば、必要な助けを与えて下さいます。もし、あなたがこの方を見上げるなら、どんな時も共にいて下さり、例え何か問題が起ころうと、あなたはそれを乗り越えていくことができます。これは、私自身が日々体験していることでもあり、いろいろな都府県で生活をする中で実感してきたことです。


聖書は、こう語っています。「では、これらのことからどう言えるでしょう。神が私たちの味方であるなら、だれが私たちに敵対できるでしょう(ローマ831節)。」この御言葉の意味するところは「神は100%あなたの味方なのだから、大船に乗ったつもりでいなさい」ということです。こんな言葉もあります。「わたしは決してあなたを離れず、またあなたを捨てない(ヘブル135節)。」いつも変わらない拠り所があるというのは、どれだけ安心をもたらしてくれることでしょう。あなたに、神様の恵みが豊かにありますように!


伝道師 後藤献四郎

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