2017年04月06日

第180回2017年4月のメッセージ「死を生に変えるもの」


死を生に変えるもの

’17/4月イースターメッセージ


人生で最大の不安と恐れは何と言っても死ぬという事だろうと思います。

「吾輩は猫である」という小説で有名な明治の文豪夏目漱石は48歳のとき娘さんを失っているのですが、日記にこう書いています。

「昨日は通夜、今日は葬式、するとすれば明日骨上げ…多忙である。しかし全ての努力をしたのちで考えると全てが無益の努力である。死を生に変えるのでなければ全ては無益である。こんな遺恨な事はない」


名のある小説家という肩書ではなくひとりの父親としての心境がこちらにも切々と伝わってきて多くの人が共感する心境だと思うのです。死は全ての希望をなくさせるものです。しかしここに素晴らしい希望を語る一冊の本があります。聖書です。聖書を見るとこの「死を生に変えるもの」を見事に実現したイエス・キリストという方を語っています。キリストはこう語っておられます。

「わたしはよみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は死んでも生きるのです」(ヨハネ11:25

この言葉は単なる気休めの言葉ではありません。この言葉をキリストが語られたのはラザロという青年が病で死に、死後四日も経っている数日続いた葬儀の中での言葉なのです。そして実際キリストは、ラザロをよみがえらされたと聖書は淡々と描いています。もしその話が偽りならとっくの昔に当時葬儀に出席していた人たちから非難され抹殺されてしまっていたでしょう。この奇跡が本当であればこそ今日にも象徴ではなく事実として伝えられている訳です。


私は牧師としてこの40年の間多くの方の臨終に立ち会ってきましたが、死の時に永遠の命への希望を持っているかどうかは、実に大きな違いをもたらします。あなたも教会に行かれて「死に打ち勝たせるもの」を是非お知りくださり、平安な人生を得て頂きたいとお勧めいたします。

牧師 中西正夫

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2017年03月06日

第170回2017年3月のメッセージ「いつでも、どんな時にも」

3月がやってきました。この春、新たに進学、就職、新生活を始める人も多いと思います。

慣れた環境から離れ、新しい領域に踏み出していくことは、誰もが不安や心配を感じるものです。「やっていけるだろうか」と、早くも自信を失っている方もおられるかもしれません。


私もニュージーランドに語学留学をした時、正にそれを感じました。楽しい時間も多々ありましたが、思うようにコミュニケーションが取れず、悩むこともありました。日本人と違い、外国の方々は、こちらの気を察してくれることはほぼないため、口数も減っていきました。しかしそんな時、いつも励ましてくれる人がいました。ホームステイ先のホストマザーです。


彼女は私を家族の一員のように接してくれました。私がコミュニケーションに悩み、自信を失くした時、私の部屋に来て「あなたの英語はとてもいいよ。自信持ってね」と勇気づけてくれました。日本から郵便が届いた時は、自分のことのように喜んでくれました。やがて、帰国の日が近づくと、私の将来を祝福し、送り出してくれました。今も連絡をくれることがあり、再会できる日を楽しみにしてくれています。


ところで、人には限界があると思います。優しい人がどこでもいるとは限りませんし、仮にそういう人がいても、いつもあなたと一緒にいられる訳ではありません。


しかし、ここに朗報があります。聖書によれば、この世界には、あなたを造られた神がおられるのです。神はあなたの状況を全て知っておられ、求めさえすれば、必要な助けを与えて下さいます。もし、あなたがこの方を見上げるなら、どんな時も共にいて下さり、例え何か問題が起ころうと、あなたはそれを乗り越えていくことができます。これは、私自身が日々体験していることでもあり、いろいろな都府県で生活をする中で実感してきたことです。


聖書は、こう語っています。「では、これらのことからどう言えるでしょう。神が私たちの味方であるなら、だれが私たちに敵対できるでしょう(ローマ831節)。」この御言葉の意味するところは「神は100%あなたの味方なのだから、大船に乗ったつもりでいなさい」ということです。こんな言葉もあります。「わたしは決してあなたを離れず、またあなたを捨てない(ヘブル135節)。」いつも変わらない拠り所があるというのは、どれだけ安心をもたらしてくれることでしょう。あなたに、神様の恵みが豊かにありますように!


伝道師 後藤献四郎

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2017年02月02日

第169回2017年2月のメッセージ「事が動かない時、何が動くか?」

二月は季節的にも厳しく受験生にとっても試練の時、また一般の方々には「二、八」といって事がうまく行かない月と言われます。そう言う時ですから、思うように動かず、「いつまで!?」って思うこともあるのではないかと思います。でも「事が動かず、神様も自分のことをお忘れになっているのではないか」というのは違うのです。


1.先ず目に見えない部分がちゃんと動いています。

例えば、落葉樹は真冬になるとすっかり葉っぱを落としてしまい、外側には何も変化が見られません。しかし目には見えない大地の中には次の春の成長のために、根をもう一回り長く延ばしているのです。「事が動かない」というのも、見える部分だけの話なのです。


2.「神の時」が来ていないからです。

確かに事態が動かないように見えるときがあります。そんなとき焦るのですが、焦っても、どうにもなりません。要するに「神の時」が来ないなら、人間的に色々ともがいても、事は成りません。しかし「神の時」が来れば、周りがどうあがこうと事は動いていくのです。有名な聖書の一節に「天の下では、何事にも定まった時期があり、すべての営みには時がある」(伝道者の書3章1節)とある通りです。


3.静まって反省するときです。

 聖書の言葉に「順境の日には喜び、逆境の日には反省せよ」(伝道者の書7章14節)

とあります。事が動かない時にすべき事は「反省」だというのです。この反省は、自分が悪かったというような思いではなく、今まである程度生きてこれた自分の生き方とは異なる生き方や方法を神が示し、更なる高い道を歩ませるために、事動かないようにしておれる、それに気づくべき時でもあるのです

ですから、どうぞ神の御心を知られて心平安に過ごされますように。


「天が地よりも高いように わたしの道は、あなたがたの道よりも高く、わたしの思いは、あなたがたの思いよりも高い」(イザヤ55章9節)

                           牧師 中 西 正 夫

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